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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)1772号 判決 2000年7月25日

岐阜県<以下省略>

両事件原告

右訴訟代理人弁護士

浅井岩根

滝澤昌雄

東京都千代田区<以下省略>

(送達場所)名古屋市<以下省略>

一七七二号事件被告

株式会社大和証券グループ本社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

佐橋渡

東京都中央区<以下省略>

二九三三号事件被告

岡三証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

大江忠

大山政之

主文

一  一七七二号事件被告(株式会社大和証券グループ本社)は、原告に対し、金一一一九万五九三二円及びこれに対する平成二年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  二九九三号事件被告(岡三証券株式会社)は、原告に対し、金七〇二万四七九一円及びこれに対する平成二年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  一七七二号事件

1  主文第一項、第三項と同じ。

2  仮執行宣言

二  二九九三号事件

1  主文第二項、第三項と同じ。

2  仮執行宣言

第二事案の概要

一  (争いのない事実等)

1  両事件原告(以下「原告」という。)は、大正九年に生まれ、肩書地で農業を営むほか、年金収入等で暮らす者である(甲二、甲四)。

2(一)  一七七二号事件被告株式会社大和証券グループ本社(以下「被告大和証券」という。)は、有価証券の売買等の媒介・取次及び代理等を目的とする株式会社である。

(二)  訴外C(以下「C」という。)は、もと被告大和証券名古屋支店の従業員であった。

3(一)  二九九三号事件被告岡三証券株式会社(以下「被告岡三証券」という。)は、有価証券の売買等の媒介・取次及び代理等を目的とする株式会社である。

(二)  訴外D(以下「D」という。)は、もと被告岡三証券恵那支店の従業員であった。

4(一)  原告と被告大和証券との間には、別紙売買取引一覧表一(以下「別紙一」という。)記載のとおり、平成元年二月二一日から平成二年六月一日にかけて、一二回にわたりワラントの売買取引が行われた(以下「本件取引一」という。)。

(二)  本件取引一の結果、原告は、別紙一の「差引損益金」欄末尾記載のとおり、合計金一一一九万五九三二円の損害を被った。

5(一)  原告と被告岡三証券との間には、別紙売買取引一覧表二(以下「別紙二」という。)記載のとおり、平成元年四月四日から平成二年一月五日にかけて、一六回にわたりワラントの売買取引が行われた(以下「本件取引二」という。)。

(二)  本件取引二の結果、原告は、別紙二の「差引損益金」欄末尾記載のとおり、合計金七〇二万四七九一円の損害を被った。

二  (争点)

1  原告は、「(一)本件取引一及び二に際して、原告は、ワラントとは債券と思い、最悪でも償還期限に、支払った金額は全部戻ってくると信じ購入した。(二)C及びDはいずれも、ワラントは社債等の債権ではなく、金額が保障されたものではないこと、権利行使期間を経過すれば無価値になることなどのワラントの仕組みやその危険性を原告に説明しなかった。(三)別紙一の「1昭和電工ワラント」の取引は、Cの無断売買である。(四)被告大和証券には、本件取引一に関し、適合性の原則違反、説明義務違反、過当売買の債務不履行及び前記無断売買の違法がある。その結果ワラントに無知の原告を本件取引一に引き込み、前記の損害を与えたのであるから、これを賠償する責任がある。よって、原告は、被告大和証券に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、金一一一九万五九三二円及びこれに対する弁済期経過後の平成二年六月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。(五)被告岡三証券には、本件取引二に関し、適合性の原則違反、説明義務違反、過当売買の債務不履行の違法がある。その結果ワラントに無知の原告を本件取引二に引き込み、前記の損害を与えたのであるから、これを賠償する責任がある。よって、原告は、被告岡三証券に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、金七〇二万四七九一円及びこれに対する弁済期経過後の平成二年一月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」と主張する。

2  被告大和証券は、「(一)平成元年二月二一日ころ、Cは、原告に対し、一般的なワラントに関する説明と昭和電工ワラントについての説明を行った。原告は以前から転換社債を何度か購入しているので、Cはその対比を説明し、転換価格に相当するのが行使価格であって、昭和電工ワラントでは八二〇円であること、この価格で新株引受権を行使できるが、ワラントの価格は、株価連動で●●●動きは株の数倍激しいので、信用取引と同じようになるべく短期の売買が良いこと、権利行使期間が平成五年六月八日であること等を説明し、そのうえで原告から昭和電工ワラントの買い注文を受けたのであって、無断売買でないばかりか、説明義務の違反もない。(二)次いで平成元年一〇月三一日、三菱金属ワラントを勧誘したときにもCは原告に対してワラント取引はハイリスク・ハイリターンなので短期売買が望ましいことや、具体的な条件、約定代金の計算の仕方等を説明したうえで買い注文を受けた。(三)ワラント取引においては、ワラントのまま転売して利益を上げることが多く、このような場合には、株価が権利行使価格を上回らなければ(すなわちパリティがプラスにならなければ)、ワラント投資の目的が達成できないわけではなく、株価が上昇すれば、未だ権利行使価格を下回っている状態であっても(すなわちマイナス・パリティのままでも)、ワラントの価格は上昇し、転売差益を得ることができるのである。したがって、ワラントのまま売買する現実のワラント取引においては、投資家は、パリティ、プレミアム、権利行使価格を知らなくても、株式と比較しての損得計算を行い、自らの判断でワラント取引をなすことに特別の支障はないのであって、証券会社側において、パリティ、プレミアム、権利行使価格まで積極的に顧客に説明する必要がないことは明らかである。(四)平成二年一月以降、株式相場は全般に値が下がり始めていたので、Cは原告に対して保有銘柄を売却するするよう勧めたが、原告は株式については現物、信用共に処分していったものの、ワラントについては損切りはしたくないとの強い意向を持ち、これが損失を拡大させたものである。」と主張する。

3  被告岡三証券は、「(一)原告が被告岡三証券恵那支店に取引口座を開設したのは、昭和四八年七月二〇日である。昭和六〇年四月三日には信用取引口座を開設し、株の現物取引のみならず、信用取引も行っていた。また訴外立花証券ではその以前から信用取引を行っていた。このような証券取引の経験、知識を有する原告にワラントを紹介することは、何ら適合性の原則に反するものではない。(二)Dは、平成元年四月四日、原告に対し、住友ゴムワラントを勧誘し、ワラントの説明をし、かつ、住友ゴムワラントがドル建てで発行された証券であるので、外国証券取引口座を新たに開設してもらう必要があることを説明し、原告に「外国証券取引口座設定約諾書」(乙ロ一)に署名捺印してもらうと共に、住友ゴムワラントの買い注文を受けた。(三)平成元年五月一日より施行の証券業協会の自主ルールに基づき、Dは、平成元年五月二日に原告宅に赴き、原告に対し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙ロ二)を交付し、同説明書を利用してあらためてワラントの特質を説明したうえで、原告から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙ロ三)に署名捺印を受けた。(四)ワラント取引は、株式に比べて短期間に売買することが通常であるから、本件取引二が格別頻繁とはいえないから、過当売買ではない。」と主張する。

4  本件の主要な争点は、「①本件取引一の1の昭和電工ワラントの取引が無断売買に当たるか。②被告大和証券は、本件取引一に際して、原告に対してワラント取引の性質とその危険性を十分に説明していたか。③被告岡三証券は、本件取引二に際して、原告に対してワラント取引の性質とその危険性を十分に説明していたか。④被告らが原告に対してワラント取引を勧誘することが適合性の原則に反するか。⑤本件取引一及び二が過当売買に当たるか。」である。

第三争点に対する判断

一  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、被告大和証券との間で、株式の現物取引、信用取引、転換社債等の取引を行っていたが、昭和五八年一月から平成二年六月にかけての取引の結果は、金七五五万九四四八円の損失であった(甲一)。ただし、右損失には、本件取引一による損失金一一一九万五九三二円を含む。

2  原告は、被告岡三証券との間で、株式の現物取引、信用取引、転換社債等の取引を行っていたが、昭和五八年二月から平成九年三月にかけての取引の結果は、金五二四六万一三四円の損失であった(甲三)。ただし、右損失には、本件取引二による損失金七〇二万四七九一円を含む。

3(一)  平成元年二月二一日、被告大和証券において、原告名義で昭和電工ワラントの購入(甲一・二七八番)とベスト電器の株式信用取引の売り及び買い(甲一・二七九番)がいずれもCの担当により行われている。昭和電工ワラントの買付単価は四三円(甲一、乙イ五)、ベスト電器の売値、買値は共に二〇九〇円である(甲一)。

(二)  被告大和証券から送付された平成元年二月一六日から同月二八日までの期間内の取引明細及び預り残高等の内容を記載した売買報告書添付の回答書(乙イ一五の一一五、一一六)には、「平成元年二月二八日現在のお預り残高」として、「種類・外国債券」として、「ショウデンコウC WR9306」の記載がある(乙イ一五の一一六)。

(三)  不審に思った原告は、Cに電話して疑問を質している(原告本人尋問の結果、証人Cの証言)。なお、右回答書の調査事項指示欄には、原告は、何も記入していない(乙イ一五の一一五)。

(四)  右回答書には、右(一)のベスト電器株の即日の売り及び買いについては記載されていない。

(五)  その後の平成元年三月から九月にかけての原告と被告大和証券との取引は、わずか四件のみ(甲一の二八〇番ないし二八三番)と、これまでと比べて激減した。この間の被告岡三証券との取引が多数回に上る(甲三の三三八番ないし四四六番)のと対照的である。

4(一)  被告岡三証券は、平成元年四月四日、原告から「外国証券取引口座設定約諾書」(乙ロ一)を徴した。

(二)  原告は、被告岡三証券との間で、別紙二の1ないし3記載のとおり、平成元年四月四日から同月一九日にかけて、ワラントの売買取引をした(争いのない事実)。

(三)  被告岡三証券は、平成元年五月二日付けで、原告に対し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙ロ二)を交付し、原告から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙ロ三)を徴した。ただし、実際に右確認書を微した時期は、五月二日よりも後だった可能性もある。

(四)  その後原告は、被告岡三証券との間で、別紙二の4ないし16記載のとおり、平成元年五月一九日から平成二年一月五日にかけて、ワラントの売買取引をした(争いのない事実)。

(五)  本件取引二における銘柄の選定及び売り及び買いの判断は、担当者たるDの推奨により、Dの主導で行われた(原告本人尋問の結果、証人Dの証言)。

(六)  原告が被告岡三証券から購入したワラントのうち、別紙二の「7伊藤忠」ワラントは、買付時の銘柄の株価が行使価格よりも低いため、いわゆるマイナス・パリティ(ワラントの買付け及び権利行使に必要なコストが株式市場から株式を買い付けた場合のコストよりも高くなる場合)となっていた(弁論の全趣旨)。しかしDは、原告に対してマイナス・パリティの説明をした記憶はない(証人Dの証言)。

5(一)  被告大和証券は、平成元年一〇月八日、原告から「外国証券取引口座設定約諾書」(乙イ三)を徴した。なお、被告大和証券が被告岡三証券の場合のように、原告に対し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を交付し、原告から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」を徴したか否かは不明である。

(二)  その後原告は、被告大和証券との間で、別紙一の2ないし12記載のとおり、平成元年一〇月三一日から平成二年六月一日にかけて、ワラントの売買取引をした(争いのない事実)。

(三)  右の本件取引一の2ないし12の取引における銘柄の選定及び売り及び買いの判断は、担当者たるCの推奨により、Cの主導で行われた(原告本人尋問の結果、証人Cの証言)。

なお、本件取引一の1の取引は、後記二1のとおり、Cが独断でやった無断売買である。

(四)  原告が被告大和証券から購入したワラントのうち、別紙一の「4日本板硝子」、「6日産ディーゼル」、「7ニコン」、「10日本板硝子」の各ワラントは、いずれも買付時の各銘柄の株価が行使価格よりも低いため、いわゆるマイナス・パリティとなっていた(乙イ五)。

6  原告は、平成四年七月ころ、被告大和証券本店に電話して、Cに対して、「これは結局無断売買だもんだでねえ。」「だって一任勘定にしたわけではないしね。」と詰問したところ、Cは、「まあ結局事後承諾という形にはなっていますけどもね、ただもうあの時にやっぱりちょっといいのがあればということで、それ前もって僕言ってあったはずなんですよ。」と答えている(甲五の一、二)。昭和電工ワラントの取引が、事前に原告の具体的な承諾のない取引であったことを、双方が前提とした会話であると思われる(原告本人尋問の結果)。この点に関する証人Cの証言における説明内容は、不自然であって信用できない。

7  平成二年以降、株式相場全体が下落する中で、原告は、別紙一の2、3、5、10、11、12及び別紙二の3、11、13、16の各ワラントについては、処分しないまま権利行使期限を迎え、右各ワラントは、いずれも無価値になった。

二  争点について

1  まず本件取引一の1の昭和電工ワラントの取引について判断するに、前記認定のとおり、①売買報告書に「種類・外国債券」として、「ショウデンコウC WR9306」の記載があるのを見て不審に思った原告は、Cに電話して疑問を質していること、②同日に行われたベスト電器の株式信用取引が、売り及び買いを同日に行っているうえ、その売値、買値は共に同じであって、原告の注文に基づいたものとしたら不自然な取引であること、③その後の平成元年三月から九月にかけての原告と被告大和証券との取引が、わずか四件のみと、これまでと比べて激減したこと、④後日原告が電話で抗議したのに対して、Cは「まあ結局事後承諾という形にはなっていますけどもね」と無断売買を認める発言をしていること等の事情に照らし、右取引は、原告所論のとおり、原告の注文によるものでない、無断売買であったと認められる。この点に関する証人Cの証言は信用できない。

2  次に本件取引一、二の全般において原告は、ワラントを元本が保証される債権と信じ、かつ、権利行使期間をその元本が償還されるいわゆる償還期間と誤解していたことが認められる。原告所論のとおり、平成二年以降株式相場が下落した中でも、原告が、他の証券はともかく、ワラントは処分しようとしなかったのは、ワラントを債権額の保証された債権と思い込み、かつ、権利行使期間が経過すると無価値になることを知らなかったからと思われる。

3  この点においてC及びDのいずれにおいても、ワラントの性質や危険性、とりわけ権利行使期間を経過するとワラントが無価値に帰することについて十分な説明をしていなかったというべきである。

したがって、被告らいずれにおいても説明義務違反は免れない。

4  また、いわゆるマイナスパリティのワラントは、その取引当時においてはほとんど客観的には無価値に等しい投機性の大きなものであるから、これを売りつけるに当たっては十分にワラントの仕組みとそのリスクを納得させるべきであって、その理解が可能な者に対してのみ、買付けの勧誘が相当性を有するものというべきである。「株価が上昇すれば、未だ権利行使価格を下回っている状態であっても(すなわちマイナス・パリティのままでも)、ワラントの価格は上昇し、転売差益を得ることができる。」ことは、被告大和証券所論のとおりであるが、このような方法での転売利益の獲得は、リスクが大きすぎるため、ワラントの仕組みを熟知した職業的な投資機関はともかく、一般投資家の投資対象にはなじまないものと考える。

被告大和証券は、「投資家は、パリティ、プレミアム、権利行使価格を知らなくても、株式と比較しての損得計算を行い、自らの判断でワラント取引をなすことに特別の支障はない。」旨主張するが、パリティ、プレミアム、権利行使価格の基礎知識とその関係を知らない者に対して、証券会社の側から主導的にワラント取引を勧誘してこれに引き込むことは、「自らの判断でワラント取引をなす」とはいえない。

一般的にいって、説明義務以前の問題として、一般投資家にマイナス・パリティのワラントを勧めること自体、証券会社の従業員としてふさわしい行為とはいえず、適合性の原則に違反するものというべきである。これに対する被告らの主張は、いずれも失当である。

5  これらは結局被告ら証券会社において、その商品を十分に顧客に説明し理解してもらうことなしに押し付けたに等しいから、被告らは、いずれもその取引によって生じた損害について債務不履行責任を負う。

なお、本件取引一及び二が過当売買に当たるとまでは断定できない。

遅延損害金の起算日については、被告らが原告を本件取引に引き込んだ時点から違法というべきであるから、本件取引一、二の各最後の受渡日を起算日とする原告の所論のとおりで良いと考える。

6  ただし、被告らから過失相殺の抗弁が出されていないこともあり、原告の過失割合の判定とそれに基づく過失相殺はしない。

もっとも、原告においても幾分かの過失(とりわけ損害の拡大について)が認められるべき事案とも考えられるので(また、被告大和証券には無断売買の点もあり、被告らの間においても帰責の割合が異なることも考えられる。)、仮執行宣言は相当でないから付さないこととする。

三  よって、原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する(口頭弁論終結日平成一二年五月一六日)。

(裁判官 山口均)

<以下省略>

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